Into the Wild
Into the Wild
This is the true story of Christopher McCandless (Emile Hirsch). Freshly graduated from college with a promising future ahead, McCandless instead walked out of his privileged life and into the wild in search of adventure. What happened to him on the way transformed this young wanderer into an enduring symbol for countless people -- a fearless risk-taker who wrestled with the precarious balance between man and nature
(Summary quoted from amazon.co.jp)
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一日の終わりに、
Into the wild
という映画を観た。
こんな生き方をした人間が実際にいたのだ。
大学を卒業して、貯めたお金も全部捨て、家族にも知らせず、電話も持たず、ヒッチハイクをして、その場その場で働いて、一期一会を経て人々に「生きることの意味」をささやかな言葉で残しながら、アラスカへ到達。
偶然廃バスを見つけ、そこで100日間、獣を撃って殺し、野生の植物を食べ、熊に食べられそうになり、そして果てに、間違えて毒性の植物を食べ、痩せこける。
死を悟り、バスの中で仰向けになって見上げた空には、「光」が。
その光を見ることが出来た事が、彼の人生の終わりだった。
一日一日を日記に記していたことで、この映画は作られた。
彼は
Hapiness real, if shared.
と、苦しんだ末に本に書き記している、涙を流しながら。
俺は、あと1年で大学を卒業しようとしている。今、波に乗り遅れないように、必死に仕事を探そうとしている。
でも、どれもしっくりこない。
自分にスキルがあるのか自信がないとかそういう事もあるかもしれないけれど、果たしてその仕事をして金を稼いで、ボランティアで環境にやさしいことをすることが自分にとって幸せなのか。
俺は何で環境について学び始めたんだ。ビジネスをやめて。
ビジネスのプログラムの経済の授業を学んで、「俺はこれを4年間学びたいとは全く思わない」と感じた。
そして、俺は「北の国から」の吾郎さんのような死に方をしたいと母親に言った。
それはさびしすぎるんじゃないの?と言われた。
そうかな。
あぁやって遺言を残して、最後は富良野の自然に囲まれて、死を受け入れてはいけないか?
例えば自分が毎日朝から晩まで、都会の建物の中で今のように周りに気をつかいながら、自分の趣味を犠牲にしてそれなりの金を稼ぎ、家庭を気づき、子供が出来その子供たちも独立したとする。果たしてその後の自分は何を幸せと思って生きていくんだ?今まで何千万もの人達がやってきた事。
なぜ俺は環境学を学んでいるのか。
本当は俺は大学で何かを学ぶタイプではないのかもしれない。もし環境学という選択肢がなかったら俺は大学にいこうとは思わなかったかもしれない。
意味のある学問とは何だ?
それで金を稼げる学問か。
何だって意味があるだろう。
なぜ周りの友達は哲学を意味のないものとけなすんだ。
人間が、理性のある生物で考えることが出来るから他の種より優位だと心の内で思っているやつらがどうして、哲学を嫌って今まですでに作られているものを再び繰り返そうとするんだろう。
俺は哲学が好きだ。
意見を言うのが苦手でも、新しい人生に対する考えを与えられて、それを自分の頭の中で動きめぐらすことがたまらなく気持ちいい。
人生ってそういうもんじゃないか。
俺は今悩んでる。
他人に気をつかうことで悩んでる。
これってちっぽけな悩みで、他人からしたら「馬鹿じゃないのか」と思われるかもしれないし、今までの僕を知っている人達は「そんな風にみえないよ」と言うだろう。でもこれはつい最近はじまったことじゃない。
でも高校受験に失敗してから、自分のプライドを失いかけてから、必死に社会の枠に入っていこう、その中でのぼりつめていこうと、振り返らずに、隠れずに、でも隠しながらここまで歩んできたものによる歪みが、今になって出てきたんだろう。
ネットで調べれば、うんざりするほどこの症状に対して薬で対処しようとする人、またそれをアドバイスする人で溢れていた。
おかしいだろ。薬を飲んで自分が今まで歩んできた人生を麻痺させてしまうのか?それで人生は前へと進むのか?
俺は既に普通の人間の考え方を出来なくなってきているのかもしれない。かといって、他人に自分の意見を押し付けることはできないし、するつもりもない。
自分のこれからの歩む道を、周りのプレッシャーを気にしないでもう一度、じっくり考える時だと思う。
幸せな人生を今まで送ってきたかといえば、自分がこの思いをずっと持ち続け、どんな人の意見も、映画も、相談も、疑いをもたず、真っ直ぐに受け止めることができ、今こうしてカナダのダルハウジーの寮で独りでいるということを改めて認識すれば、悪くない人生だ。少なくとも誰もが送ってきた普通の人生ではない。
ここからどう進むか。
それは周りからどれだけアドバイスをうけ、もし悔やまれたとしても、全ては自分の決断によるものだ。それだけ責任は伴うことはわかっている。
でも、これから日本に帰って人生を再び歩み続けようとしている自分には、相当の準備が必要だ。
準備。